お礼を伝えきれていなかった人へ、ありがとう
公開日:
:
et cetera
ある人の記事のコメントに書いたことです。
~~~~~~~
お礼を言う機会、というのは、思いのほかあるものです。
たとえ相手が亡くなっていたとしても。
そのお礼は、
「以前はありがとうございました」
だけではなく、
今の自分で、その人の話を聴くことで貢献する
というのもあります。
どうしてもかなわないこともあるかもしれませんが、
電話、手紙(出さなくても可)、想う
ことはできます。
ほかの人のことはわかりませんが、
僕はそこまでしないと、片がついたと思えません。
結局、自己満足なんですが、ね。
だからこそ、ありがたい、と思うときにはその場で必ず、
気づかなかったときにはあとで手紙やメールで送るようにしています。
後悔したくないから。
~~~~~~~
こんなこと、今まで思っていたけれど、文章に書いたことがありませんでした。
機会をいただきました。ありがとう。
関連記事
-
-
にしゃんたさんのお母さん、お父さんの言葉から多文化共生の話まで
(一語一会)羽衣国際大学教授・タレント にしゃんたさん 母からの言葉http://digital.a
-
-
声が出るとは限らない
Concert for Lost Voices 009 / jvh33[/caption]
-
-
ドリームキラーを「へへっ」と笑ってスルー!
「やりたい」ことをやれないのは、 こんなことが起こっているからではないでしょうか? Twit
-
-
「記憶は物質として保持されているのではなく、関係性として保持されている」
> 記憶は物質として保持されているのではなく、関係性として保持されているのである。 (朝日新聞コ
-
-
Googleで、もっと
コーチングでも何でもないけれど、思わず見入ってしまいました。 『Googleで、もっと
-
-
生きている理由を自分に問うこと
> 生きている理由を……問わずにいられないのは、「問う自分」と「問われる自分」の歩調がどこか合ってな
PREV :
才能はわかりやすい?
NEXT :
「生まれることは屁(へ)と同じ」


