多くて不安、なくて退屈
公開日:
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最終更新日:2016/11/07
et cetera
> 為(な)し得(う)ることが非常にたくさんあるように思えるから不安なのであり、できることが何もないから退屈なのである。
> ミハイ・チクセントミハイ
(折々のことば 選・鷲田清一)
「為(な)し得(う)ること」とは、
「したいこと、できること、すべきこと。」
「やりたいことがたくさんあり過ぎる」
「すべきことがたくさんあり過ぎる」
「たくさんの全部をしたい」
「たくさんの中から選ぶなんてできない」
「たくさんの中から選ぶ基準を決めたくない」
「全部できるかどうかわからない」
「全部の中には矛盾するものがあるかもしれない」
だから不安である。
一方、
「その中のすべてをすることはできない」
「その中のどれもできない」
「技術も何もかもないので、何もできない」
また、
「何もできる力がない」
そんなときに、「退屈」になる。
「自己肯定感」が無い時に、ふてくされて「退屈」になる。
そういえば、バラエティやドラマを観たり、ゲームをするのは
「暇つぶし」
の最たるもの。
それでも、
テレビは「時計やカレンダー代わりに観る習慣」
ゲームは
「レベルアップする」
という目標が生まれてきたりもする。
全員じゃないだろうけれど、
「自己肯定感」が低くって、
「コントロール可能なもの」がそれくらいしか思いつかないから、
テレビやゲームに行くように思える。
もっと、
実現するかどうかわからないけれど、「自分がしたいこと」
に「気持ち」と「時間の使い方」の焦点を当ててみたら?
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