「人間は本来、善なのか悪なのか」
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最終更新日:2017/01/02
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(こころの水鏡)人間は本来、善なのか悪なのか 興福寺貫首・多川俊映 より
仏教では、「善」でも「悪」でもない、「無記(むき)」というニュートラル状態もあるそうです。
確かに、善も、悪も、価値観で判断しているだけ。
自分で自分を。
自分が他人を。
自分で決めて行動し、
他人の行動や考えを評価して。
「ニュートラルからブレない」
というのは無理。
そんな風に自分を観察をしながら、
自分の限界を超えた思い切った行動なんてできるはずもない。
僕は思うに、
善とか悪とか考えちゃいけない。
他者を尊重せずに、下に見るから、その行動は「悪」になる。
「善」も、自分の思いだけであれば、おせっかいでしかない。
むしろそれも、
相手の能力開花のチャンスをつぶすことになるから「悪」になる。
一般常識というものも、国や時代によって変わってくるもの。
善でも悪でもない、「無記(=ニュートラル)」があると知って、
思いっきり自分のやりたいことをやるしかない。
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