「創作」は、説明と感覚の折り合いをつけたところに
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最終更新日:2016/09/13
et cetera
> 創作の世界に代わる価値あることに、かつて写真に打ちこんだほどの重さでもって、今の生活の中でとりくんでおられるでしょうか。
> 植田正治
(折々のことば 選・鷲田清一)
趣味でも、中学・高校時代の部活でも。
確かに、離れてしまう人はいる。
僕もいっぱい離れてきた。
限界を感じて。限りある時間で選ぶものは何かと考えて。
「創作」は、
例えば写真であれば、構図のパターンをなぜ選んだのか、どの光を狙ったのかという、論理的に説明しなければならないものであり、
一方では、「神にシャッターを押させられた」と思うくらいの絶妙な感覚からくる、非論理的な世界である。
両方を上手に折り合いをつけていくのが「創作」。
だから、それをやり続けられなくなったら、離れるしかない。
続けられる人は、折り合いをつけ続けられる人か、いつもパターンが同じ人、鈍感な人。
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