「自己肯定」に種類がある。エセもある。
公開日:
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最終更新日:2016/08/05
et cetera
『臭いものにふたをする、それがエセ「自己肯定」の正体』
(リンク先より引用)
痛いけれど、小気味よく自分が解体されていきます。
『「自分を認める」とは、自分の精神解体ショーをして、腐臭ただよう臓腑をのぞきこむことだ
http://papuriko.hatenablog.com/entry/2015/03/30/120844』
まったく知らない人の心の闇の解体は、「そうだ、そうだ」と心地よいものです。
ただ、自分に刃が向くと、とてつもなく恐ろしいものになります。
結論は、この文頭に記した文章
『臭いものにふたをする、それがエセ「自己肯定」の正体』
これしかありません。
ただし、それを認めた上で、
「自分を認め」
「自分に本当に必要なものだけで再構成する」
ことができれば、「自己肯定」できます。
誰しも、痛いのは嫌なので、
まずはエセ「自己肯定」でも取り組んだらいいと思います。
そして、
「これじゃ何も変わらない」
と気づいたら、その時に判断したらいい。
そう。
「自己肯定」のために、
自分を直視しても、
目を背け続けても、
どちらでも構わない。
それはあなた次第です。
無理にする必要はありません。
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